わが青春のマリアンヌ
わが青春のマリアンヌ
水面が白くひかる湖です。
森のなかのその湖のむこうに お城のような おおきな白いやかたが あります
そこに マリアンヌという たおやかで美しい乙女がいます。
映画は 鏡のようなその湖水の 水べの土手にすわって マリアンヌのいる舘を見つめる少年の 黒いシルエットの つぶやくような ひとりごとから はじまります。
いま思い出しても 光と影による森と湖と舘の風景の 幻想的なシーンです。
敗戦後の山口は、山口市の山口大学のイギリス王朝アカデミイ風の建物、経専講堂で 山口大学の映画部がいつも格安で フランスの名映画シリーズを上映していました。
文学部教授の息子の岡崎さんという学生が この映画部の企画をしていて、映画が好きで いつも腹ぺこの貧乏学生のぼくに 先に企画を教えてくれるので、出隆など 戦後を代表する名哲たちの名講演もでしたが ジャンギャバンの「望郷」ハンフリーボガードの「カサブンカ」「美女と野獣」やジャン・マレエの名作など フランスの映画の名作を ぼくはこの経専講堂でほとんど観ました。
フランス映画は 当時 ほとんどが白黒の映画なのに カラーよりも強烈な印象を ぼくにのこしています。 これはそのなかのひとつ 「わが青春のマリアンヌ}という ピア・アンジエリ主演の映画の冒頭のシーンです。
白黒なので ビデオ店をさがしても「わが青春のマリアンヌ」は ありません。
しかしこれがまさに 芸術性の香気の高さというのでしょう。
フランス映画は 当時 ほとんどが白黒の映画なのに いやむしろ丁度 女性が白と黒の式服をまとったときに放つ あの鮮やかすぎるエロチシズムのように 白と黒という二色のコントラストであればこその アメリカのカラー映画よりも 強烈な印象を、ぼくにのこしています
先日 山口高校の美祢郡市同窓会長中元氏のご招待で 山口市にシャンソンを聴きにゆきました。
「いまは一九五十年代から 六十年代に歌われた歌が 見直されていて 若い人たちは それをしっかりうけとってほしい」
と壇上から シャンソン歌手が 静まりかえった客席にかたりかけます。
いまは それまでの常識基盤が あしもとからくずれた第二の戦後 第二の維新 世界的には 第二の宗教改革ルネッサンス 第二の宗教改革者とされているキルケゴールの系譜にいる ヤスパース ベルクゾン(西田幾多郎) フッサール カールバルト ハイデッガー サルトル フロイド ポーボワールら
実存派の世紀にはいりました。
「過去からではなく 二十一世紀の在るべき山口県から いまの山口県を考える」いう 二井山口県政のスローガンも 「最高の未来から いまを回顧する」という ハイデッガーの思考方法です。
来年 予定されている結婚式で 純白のプライダルドレスに身を包まれる女の 自己イメージは もはや それまで結ばれていた別の男に失敗し 傷ついた自分として 過去にいつまでもウジウジとこだわるのではなく すでにいま 純白のウエンデイングドレスに身を包まれて 新しい門出にたつ 未来の自分として 未来を先取りして 日々来るベきその日の夢に 胸ときめかせていきているのです。
「共産主義か 実存主義か」で 戦後四十年 つづいてきた世界哲学論争が 「世界の全体像は 全知全能の神ならぬ人間のわたしたちには 永遠にわからない。よってわたしたち人間は 周囲の声に右顧左眄して とまどうのではなく それぞれが 自分じぶんの内面の奥底の深層の声に耳を傾けて これが最善にして最高と信じる自分のチャンネルを 選択して 生きてゆくのだ」とする 自分じぶんの主体性中心の実存哲学にたいして 「否 世界の全体像はわれわれ人間にはわかる。西欧資本主義世界に カクメイをして 共産党一党による永遠の独裁の世界をつくれば 人類至福の千年王国になるのだ」とするマルクス哲学の巨頭ルカーチの敗北をもって 終止符をうたれました
日本からは 世界の英知 故湯川秀樹博士らが参加した一九七十年代のパリ世界会議は 「近代の終焉」「ポストネダン超近代」の幕開けを 世界に宣言。(
以後 ルカーチは げんざいもなお ゆくえ不明です)
人間の世界への認識 哲学が変動すれば その哲学によってたつ社会は自滅します。
はたして それから二十年あとの一九九O年代。ソ連を筆頭にする世界の共産国は わたしたちが「アレヨ
アレヨ」という間もなく 連鎖反応で つぎつぎに自己破産 一部発展途上国をのぞき 全部 消滅しました。
こうして ルカーチの敗北をもって マルキシズムに終止符をうたれた一九七O年代に、第二のルネッサンス 実存の時代の幕があき 天皇の容認など 左翼の右旋回がはじまりました
でもそれは 一つには それは「共産主義はキリスト教のうんだ私生児である」といわれるマルキシズムを産んだ母胎であるキリスト教に連動、つぎはマルキシズムの本来の親もとであるキリスト教が ご存じのように 世界的な自己破産の危機に直面してい.ます。
そして二つには 実存の時代とは 共通のものさし 模範解答がどこにもなく それぞれが 自分のものさしと 自分のドクトリンや自分の回答を よりどころにしていきるしかない「答えのない」社会の到来です。
「過去の日本が戦争したから またやるにちがいない」
という考えは 人類の成長 戦後五十年の日本人の成長を無視した暴論です。
そういう過去の経験も ふんまえながら しかしなお 「新世紀に在るべきこのくにのかたち」から いまを回顧して 在るべき憲法について それぞれが主体的に議論する。 それもやはり 非常に大切なことでしょう。
「北々西に進路をとれ」で ぼくも 江戸期の近松にたちかえり 上田秋成 本居宣長 泉鏡花にいたる 日本の国民文学の 系譜をさぐっています。 戦後五十年のしめくくりとして ともにあゆんだ野党村山内閣を 影としてささえた後藤田正晴自由民主党副総裁の引退のときの 戦後五十年のしめくくりのあいさつ
「もう一度 八月十五日以前 明治維新以前にたちかえり あるべきこのくにのかたちを 読みなおそう」
という 歴史のラセン階段の一巡の 戦後五十年をひきいた偉大な党の哲人のことばに賛同したからです。
五十年の非公開期間を終わり アメリカ国防省が公開した機密文書によれは 敗戦後占領軍は 勧善懲悪の好きな頭の単純な日本人むけに「悪いのは天皇制と軍国主義と封建地主 国民はみんな被害者 それを救いにあらわれた白い馬にのった王子さま 占領軍」という被害者救済の図式神話を創作 マスコミを通して 一斉に宣伝「悪いのは自分たちではなかった」と いっぺんに 安心させられた日本国民は 救いにあらわれた白い馬にのった王子さま 占領軍にすかがりついて 占領は円滑にすすんだ・・・・・」と。
わたしたちは 見事な高等心理作戦にひっかかり いまでも「悪いのは天皇制と軍国主義と封建地主 それを救いにあらわれたのは 白い馬にのった王子さま 占領軍だった」と 思いこんでいる人は少なくありません。
悪いのは天皇制と軍国主義と封建地主でもなく 国民はみんな被害者でもなかったとしたら そうだ「と思いこんできた戦後半世紀」とはなになのか・・・・
当時 「悪いのは天皇制と軍国主義と封建地主 それを救いにあらわれた白い馬にのった王子さま 占領軍」というマスコミ一色のなかにあり 「連合軍は連合軍 日本は日本の歴史と伝統がある」と抗議 強硬に天皇擁護を GHQに申しいれ 「軍国主義の手先か」と 日本基督教団からさえ白眼視された キリスト教ホーリネス派が ただしかったわけです。
では あの敗戦に悪いのはだれで それを救いにあらわれたのは 白い馬にのった王子さまはだれだったのか・・・・いや そもそも そういう「勧善懲悪の図式」を あてはめていいのか わたしたちは もう五十年前の八月十五日に ひきかえしようもありません。しかし まさに勧善懲悪が好きで 頭の単純な日本人の一人として そうた「と思いこんできた」が それが占領目的の円滑な遂行のために 創られた神話だったとわかった以上 もう一度 八月十五日以前の日本 明治維新以前の日本にたちかえり あるべきこのくにのかたちを 読みなおすしかありません。
非常にきびしい自己との史観との対決の日々ですが 「北々西に進路をとれ」で プロテスタントが その支柱であるルネッサンス以後の 近代が終焉してみれば ロシアでは革命以前のロシアバレエとクラシックや文学 イギリスで王立劇場のシェクスピア 中国では京劇 沖縄舞踊や音楽 東南アジアの舞踊や音楽 すべて王朝が育成し洗練されて完成されたものばかりしか残っていないことに気がついたからです
終焉してみれば 近代は 後世にのこり得るものを ついに 産み出すことができなかった。
このくにも 王朝詩人柿本人麻呂の和歌 万葉集 古今集 その変形俳句 いけ花 長州説なら宮廷劇詩人近松 人形浄瑠璃 歌舞伎 王朝によってたち 禁圧する幕府とたたかいながら完成したものしか 後世に残り得ない。
王朝による文化の精選と昇華と完成は 世界各国の王朝の共通の成果です。
それを封建的と否定した近代は 後世に残るものを とうとう創りただしていません
近松長州生誕で再構築してゆくと 宮廷によりすがりつつ 幕府とたたがい 芸術を完成させた宮廷詩人になる近松から 再度よみなおし 王室が果たした積極的肯定的な役割も
再評価しないと 創造もできない人間があつまり 天皇制のちょっとしたアラをみつけて 攻撃しても 歴史は前にはすすみません。
野坂昭如は「わが心のマリリン・モンロー」と いいますが、それが彼の青春だったのでしょう
ぼくはおそらくは いまも いつもよみがえるそのマリアンヌのような 乙女心の恋ものがたりを 心のどこかで 本能的に えがきつづける筆の遍歴です。
山口市の湯田で 山口高等学校当時の同窓会の夜 ワイングラスをかたむけながら その話をしたら みんな急に だまりこんでしまいました
ざわめきもなくなった夜ふけの山口市。
亀山公園のザビエル聖堂の 図書館がわの出口の 樹々の下のくらがり。
そこで 時のたつのもわすれ かたく抱擁しあい、ことばもなく ただ火のような吐息をはずますせつつ 熱いくちづけとともに 目をとじて かすかにあえぎながら 星空のどこからか たえまなく 音もなく降りてくる夜つゆのように ただ しとどに濡れつづけた人
まるで昨日のことのような 想い出の幻想にたたずむザビエル聖堂。
それを いつまでも大切にしている山口の
だれの胸にも住んでいるのは それぞれの わが青春のマリアンヌなのです